Tsunami Times

  • 秋の出来事

     自ら選んだルアーを自らキャストして巻く、そんな半信半疑の作業を何度も繰り返すうち、突然手元に伝わる予想だにしなかった感触はいったいどんなだっただろう。キャストの軌道がふんわりと天を突いて大き過ぎる弧を描いてしまっていたりとか、ルアーのアクションなんてものをまるで意に介さないとか、そんなことってこの際どうでもいい。紛れもなくこれは君が自分自身で釣った魚である、それが重要だ。もしかするとこれは君の人生にとってエポックメイキングな出来事なのかもしれないので、親父はここに記録しておくことにする。

     春に一度カヌーに乗せた後、随分時間が経っていたから、そろそろ君を今度はジョンボートに乗せて釣りらしきことをさせたいと思っていた親父だった。この時期なら暑くもなく寒くもなく、運が良ければ釣ることだって出来るかもしれない。天気さえ許せば土曜日の朝に行こうかと提案すると、「行きたい」と君は言ったのだった。

     ジョンボートを一人で降ろすことは問題だけれど、ドーリーさえあればなんとかなる。その点を考えて場所をピックアップした。念のため、ボートは二艇あるうちの軽い方=シーニンフをチョイス。準備を整える。

     早起きを渋る君を「本気でやるなら早い方がええで」と説得し、学校へ行くよりは30分だけ早く起きることにする。ちなみに学校へは家から40分ほどは歩かねばならず、ウィークデーは6時に起きているってことは幸いではある。

     セブンイレブンで朝飯を買い込んで、車中で食べながら釣り場へ。そこは家から30分もかからない距離にある。それは琵琶湖のそばに住んでいるという大きなアドバンテージだ。そう言えば、以前「滋賀と大阪とどっちがええ?」って聞いてみたら「大阪の方がいい。熊とか猿とか出るし」と言ってた君に、最近あらためて同じことを聞くと即答で「滋賀がいい」と言った。これでまた滋賀が好きになったかもしれないなあ。

     車に君を待たせて、親父はあたふたとジョンボートを降ろしセッティングを済ます。待ち切れず外に出てうろうろしていた君は、準備が整うか整わないかで「乗っていい?」と聞く。出船する前にすでに楽しそうだった。君がジョンボートに乗るのはこれが初めてだ。

     一緒に準備した、ルアーを入れたペンコ・ストレージコンテナから、いくつか試すうち特にお気に召したのはベイビートーピードをチューンしたもの。うちのは子どもが扱うにはちょっと重いこともあり、一昨年だったか西表へ行く前にイレクターズで買ったもの。自分で塗ったSweepy Jを頑張って投げたりもしたけれど、スピンキャストで、ライトなタックルで投げるにはこれがちょうど良いサイズ。

     後で調べてわかったことには、このベビトー、なんとスミスからリリースの本山ヴァージョンでした。変なチューニングしてんな、これ、なんて思ってたことは内緒です。なんとこれ、巻けば泳ぐように、実に周到にチューンしてあって、どうやらプロップまで変えてある様子。ブレードを逆に取り付けてリップにしてしまうアイデアもさることながら、細かな造り込みはさすが本山さん。

     水位がかなり下がっている琵琶湖なので、岸際のどシャローは最初から捨てるつもりで、沖にウィードを探して、キャストを繰り返す。

     途中、キャストの際にタックルごと放り投げてしまって水没してしまうアクシデント。浮いていたルアーから糸を手繰ってタックルを救出出来たからよかったようなものの、ちょっぴり肝を冷やした親父でした。ちなみにタックルはTULALA藤原君がTsunami Luresのためにワンオフで作ってくれたショートロッドにダイワのスピンキャストを載せたもの。ABUとか五十鈴の丸型リール用にひとつめのガイドのセッティングが高くしてあり、これがスピンキャストにぴったりはまる。2セット持って行ったタックルのうち、君はどうやらこれが気に入ったよう。さほど軽くはないと思うのだけれど、バランスが良いせいでキャストが苦にならないのかもしれない。時折飽きたような素振りも見せないではないけれど、それもあったのか、今思えばこの日の君は集中力を妙にキープしていた。

     そしてその時はやって来る。釣り始めから一切の反応なく2時間ほどが過ぎ、そろそろ飽きるのではないかと心配していた矢先だった。沖側でベイトがピチャピチャやっているのが見えたと思ったら、手前のウィードの中に大きくはないけれど一匹のブラックバスを見つけた。他ではまるで魚が見えなかったし、ボイルのひとつもなかったから、いたしかたなくそのあたりに絞ってしばらくキャストしていたその時それは起こる。

     ボートのそばまで来たと思われるルアーを回収しようとしたのか、少しダイブしていたように見えるそいつにバスが喰らい付いた。いや、君が魚信を感じて何らかの声を発した拍子にルアーの方を見たら、既に魚が掛かっていたのか、今となっては全然思い出せない。でも確かに君の手元のスピンキャストから出たラインの先のベビトーには魚がフックアップし、竿先はビンビン震えている。

     「うわっ、うわっ?!」と言葉にならない声を上げる君は、ラインを通じて伝わるその魚の抵抗に少なからず動揺していた。俺は思い出したように慌ててネットを構える。おそらくは数秒間の格闘を経て、ネットに横たわる魚を魚と認識したとたん、君は実に嬉しそうな表情を浮かべた。無我夢中でネットを差し出した親父はたぶんそれよりもっと動揺していて、キャッチした瞬間に自分のことのように嬉しさが込み上げた。

     魚の持ち方さえわからない?いやそりゃそうだ、当たり前である。写真撮影はそれをレクチャーすることから始めねばならなかった。ひとまずはネットに入れたまま一枚。しかし、それじゃ表情が見えず、今度は人差し指と親指でその顎を不器用につまんで一枚、二枚。両手で支えて魚体を横にする持ち方を教えるのだけれど、君にはそれが難しく、一度は魚を落としてしまう。それでもなんとか持ち直して写真に収める。その間も込み上げる嬉しさは表情に上りっぱなし。

     時間にしたらほんの一瞬の出来事だったけれど、君にとってそれは生涯忘れられない思い出になるはず。その夜、一緒に風呂に入って、今日一番楽しかったことと一番嬉しかったことを念のため聞いてみたら、いずれも「ブラックバスを釣ったこと」と答えた君でした。

    「秋の出来事」への2件のフィードバック

    1. KK より:

      まだ幼い息子を持つ父親として潤んでしまいました。

      釣りに興味を持たなくても、好きなことを見つけて楽しんで貰えばいいけども (いや、やっぱちょっとは興味持って欲しいけども…w)、息子の釣った (それもトップで!) 魚をランディングすることは私の夢の一つです。
      息子さん、元木さん、おめでとうございます!!!

      P.S. 先日購入させていただいた Fur Flight Cap めちゃいい感じです!

      1. Masami Motoki より:

        コメントありがとうございます。Fur Flight Capのご購入にも感謝。そんな風に思ってくれたなら、KKさんのその夢はきっと叶うことでしょう。

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